実は男子説 其の弐

すっかり間があいてしまいましたが、前回の記事の続きです。

ちなみに写真は数年前に撮った、白鳥さんのお尻です。なんだこの、純白もこもこ。

そんなこんなで別府旅の最中に「実は自分、男子だった」と気が付いたわけですが、その旅の帰り道、にわかに疑問が沸き上がってきました。


「自分、本当に男子なのか?思い込みじゃないのか?」と。


これまで女子として生きてきたわけですし、なにより外側は女性なわけですから「そうです」と決定づけるものは自分自身の感覚しかないんです。だから疑おうと思えばいくらでも疑える。と同時に、明確にしてしまうことは怖いし今までと変わらずにいたい。そんなモヤモヤした思いが湧いてきたのです。


その一方で、「じゃあスカート履きますか?」と自分に問うと、「履きたい」という気持ちは一切わかず。なので別府旅から帰ってきてすぐに、スカートを含めた女子的な服や化粧品を軒並み処分しました。そして代わりに、必要最低限のメンズ服を買うという暴挙に出たのです。


今出来る限りのことをしてみて、違和感が出たらやめよう。


そう思ってやってみたら、違和感が出るどころか心地よさまで感じる始末。メンズ服を着る方が落ち着く。これには本当にびっくりしました。このほかにもいろんなチャレンジと検証を重ねて、今ではすっかり「自分、男子だったんだなぁ。面白くてラッキー」ぐらいな感覚になりました。そして、性別は全ての土台になる部分なんだなぁと実感しました。


これまで、特に社会に出てからは「今この場で、女性として求められる役割」を、常に考えてきたように思います。自分が男子であるという意識はなかったものの、無意識のうちに女性としておかしくない服装や振舞いっていうものを追いかけていたんだと思います。だから女性らしいオシャレをしようとするほど、コスプレ感が強まっていったんだなと。(そうだったんかい)


今になってみれば当時は、まるで崩れかけのジェンガの上に一生懸命「自分」を積み上げているようなものでした。そんな状態で「個性」や「自分らしさ」を考えたところで、崩れる一方。そりゃあ息も苦しくなるわけです。


今回、このことをブログに書こうと思ったのは、こうした無自覚の息苦しさを抱えている人が、実は多いのかもしれないと思ったからです。自分自身、小学生の頃までは一人称が「オレ」で中学に上がる時に親から言われて直した経験があるのですが、そのこと自体、ずっと忘れていました。それくらい外側の性別には、有無をも言わさない威力があるのだと思います。だからこそ「こんな奴もおるで。じゃけん、あんたも大丈夫やで」って伝えたいのかもしれません。


来年は、こんな話しをする機会も作りたいなぁ…なんて思いつつ。

ひとまず「実は男子説」終了です。お読みいただき、ありがとうございます!

とっかり商店

好きなものを、 好きなだけ。

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